8月15日は終戦記念日
明け方までオリンピックを観戦していて
ぼーっとしたままのアタマで正午に黙祷をした

父の死を境に玉木の親戚と疎遠になってから
檀那寺である名古屋市の徳源寺にお参りに行くこともなくなってしまったので

今では父の命日くらいしか書かなくなっていた写経で先祖供養

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3月29日に書いて以来だったので
全然筆が進まなくてツラかった

集中力も落ちていたけど
書き進むにつれて集中できてリズムが出てきた

毎朝の読経と写経を
父を墓に入れられなくなってからの
唯一の供養と決めて行ってきた

書き進める中で途中
久しぶりに憎しみも湧いてきたけれど
最後はすこし心が落ち着いた

それからなんとなく字を書いていたくて
終戦記念日ということもあり

阿南陸軍大臣の絶世の句
昭和天皇の終戦の詔の一文
そして山本五十六司令官の遺言を書き写した

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かつて命を賭してこの国を守ろうとして果てた偉大なる人たちの言葉を
改めてかみしめていたら
この国の現状をまた少し憂うことになったけれども

先に写経をしていたこともあったのか
個人が自由に夢や希望を持てる今の時代で

政治や情報に目を向けることも大切だけど
それに振り回されて本来の幸せを見失うくらいなら

無関心という手段もまた
ひとつの真理なのではないかとさえ思った

もちろん国の行方に無関心でいるということは
とても大きな罪であることに代わりはないのだけれど

まずは個々が
自分自身が

やれるべきことをきっちりと行い
自分と自分の身近な人を笑顔にできるよう努め

そのためには現資本主義体制下においては
まずは経済的に自立をし家族を養うということが大前提だ

批判的精神はとても大切だけど
それが故に自身を律し目的に向かって歩みをおろそかにするようなことがないよう
気を付けなければいけないなと

今の自分を振り返って反省した
そんな終戦の日でした


大君の深き恵に浴みし身は 言ひ遺すべき 片言もなし
     陸軍大臣 阿南惟幾

時の巡りあわせに逆らわず 耐え難くまた忍び難い想いを乗り越えて
未来永劫のために平和な世界を切り拓こうと思うのである
     昭和天皇 終戦の詔勅より一文(口語)

ああ 我れ何の面目をして見えむ大君に
将之逝きし戦友の父兄に告げむ言葉なし
いざ待てしばし若人ら死での名残の一戦を
華々しくも戦ひてやがてあと追ふ我なるぞ
     日本海軍連合艦隊司令長官 山本五十六